名古屋高等裁判所 昭和29年(う)797号・昭29年(う)796号 判決
原判決を査閲すると同判決はその判示第一の(四)において業務上横領の事実を認めその被害者を伊藤孝子と摘示していることは所論の通りである、而して原判決が右事実の証拠として挙示する各証拠の内容を検討し是等証拠を綜合すると原判示第一(四)に記載の伊藤孝子は原判示の如く被告人の甘言を信じ自己の預金通帳及び印鑑を被告人に交付し被告人はこの通帳と印鑑を使用して原判示協和銀行から同判示の金員の払出をうけたことが明かであるからかかる方法により払出をうけた以上右金員の所有権は預金者たる右伊藤孝子に帰するものと認むべきであるから原審が所論の事実につき被害者を伊藤孝子と認定したのは相当であつて原審の事実認定には所論の如き判決に影響を及ぼすべき事実誤認の違法はないのでこの論旨は理由がない。(中略)
弁護人B控訴趣意第一点の(一)について、
凡そ業務上横領罪における業務上保管と云ふのはある職務を有する者がその本来の職務上の行為ではないがそれと密接に関聯して慣例上その本来の職務行為に附随してある事務を執行し之に伴い金銭その他の物を自己において保管する場合においても之をその業務上の保管と認むるを相当とする、而して原判決引用にかかる原審証人吉田信義の証人尋問調書の記載によつて見ても被告人は原判示銀行の得意係として得意先に対し預金の勧誘、集金、その保管の業務を担当し傍ら得意先から随時現金の預入、払出等の事務の委託を受けた場合、その現金を一時自己において保管する事務を担当していたことが明かであるから、この種現金の保管を為すことは被告人の前記の如き本来の職務に附随して慣例上取扱つていた事務であつて之亦被告人の業務行為の内容を為していたものと認むべきである、固より被告人のかかる業務内容は判文自体において之を明確に判示すべきであるのに、原判決はその事実摘示の部において被告人の業務につき所論の如く定期預金の勧誘、集金等業務云々と判示したのは、その措辞甚だ適切でないとの批難を免れないが、原判決が右事実関係の証拠として挙示する証拠の内容を検討し、之と原判文全体を通じて見ると、原判決は前叙の如き被告人の業務上保管の事実を認定してこれ等の所為を業務上横領罪として処断したものと認めることが出来るから原判決には所論の如き違法はない。
同上第一点の(二)について
原判決を査閲すると同判決はその判示第二の(四)(五)(六)(八)(十)(十一)に於て、岸保、松田武雄、織戸ちゑ、内田英一、宇田和雄からいづれも同判示の如くそれぞれ虚構の事実を申向けて月掛預金通帳または定期預金通帳及び印章を交付させ該預金通帳を担保として、前記協和銀行津支店より各原判示の如き金員の貸付を受けて、之を騙取したものと認定していることは所論の通りであるが、記録を精査し原判決が右事実関係の証拠として挙示する各証拠の内容を検討し是等証拠を綜合すれば、被告人が前記各預金者からそれぞれ預金通帳及び印章を交付させるに際し、いづれも所論の如き欺罔行為を行つたことが明かであるが、被告人の終局の目的は右各預金を担保として、前記銀行の係員を欺罔し、貸付名義のもとに金円を騙取するにあつたことを明認するに足るから、前叙の如き通帳印章の交付を行為の一過程と認め最後に右銀行から金員を受領した行為を以つて詐欺の既遂と認定した原判決の事実認定は相当であつて原判決には所論の如き審理不尽若しくは理由不備の違法はなく、論旨はいづれも理由がない。
(裁判長裁判官 小林登一 裁判官 栗田源蔵 裁判官 石田恵一)